何年もギタリストを聴くことを拒否してた時期があったよ
聴いていたのはシンガーやホーンやインド古典音楽
周囲の多くはただ誰かの真似をしているだけだったから
ほとんどがStevie Ray Vaughanのリックを繰り返し弾くだけ
それがある意味、反抗心の対象になってね
何年もギタリストを聴くことを拒否してた時期があったよ
聴いていたのはシンガーやホーンやインド古典音楽
周囲の多くはただ誰かの真似をしているだけだったから
ほとんどがStevie Ray Vaughanのリックを繰り返し弾くだけ
それがある意味、反抗心の対象になってね
うん、全部自分のためにさあ――
人に優しくするのだって結局自分のためじゃん
人からよく思われたいから
その人に好きになってもらいたいから
優しくしたりするんじゃないのかな
人のために何かやるのって 何か嘘くさいじゃん
エリックがライブをすっぽかしたことがあって
その時ミック・テイラーが客で来ていて
一回だけプレイしたんだ
お互い気に入ったんだけど
その時は電話番号を交換しなかったので
その後連絡が途絶えていたんだ
だからミックが入ってくれた時は本当に嬉しかったよ
音楽だったら ビル・エヴァンスのレコードをかけるよ
胸には“My Foolish Heart”ってタトゥーが入ってるんだけど
これはビル・エヴァンスのオマージュなんだ
「ヴィレッジ・ヴァンガード」をかけるとね
本当に強い感情があふれてくる
もう、泣いて泣いて、って感じになるよ
最高の瞬間というのは そのすべてが同時に起きていて
まるで自分が客観的にその場面を
見ているような感覚になる時なんだ
自分自身とバンドが演奏している様子を
まるで外側から眺めているように感じることがある
初めてそれを経験した時は、ちょっと怖かったよ
(歌詞に頻出する悪運”や”黒猫”の比喩)
もう一人の憎い自分は どうして出てきてしまうのだろう
ブルースの歌い手が愚痴る女性の裏切りは
彼の不幸の口実でしかなく 彼は何かもっと根源的なところで
自己分裂を起こしているのではないだろうか
ビートルズのハンブルグ時代のライヴLPが発売され
エルビス・プレスリーが死んで
パンク・ロックに出会った
すべては1977年に起こった出来事なのです
1977年 秋 クラッシュのファースト・アルバムを聴いた
15才だった 何度も何度も聴いた
クラッシュのロックンロールには
10代の僕が必要としていたものすべてがあった
クラッシュのロックンロールがあれば
どんな日だって快晴だった
その感覚は 僕の永遠なのです
ロバート・ジョンソンは背が高くて茶色の肌をしていて
痩せこけてて 片眼が悪かった
いいほうの眼から外を覗くようにして物を見るんだ
その頃はシアーズローバック製の「ステラ」ギターを弾いてた
そうとも、うまかったとも
セッションミュージシャンは
とても儲かったし お金もたくさん貯めた
だからヤードバーズで安いギャラで
仕事をしていても気にならなかった
リズムギターを弾くだけの仕事から抜け出して
もっとクリエイティブなことに
打ち込むチャンスを得たかったんだ
エレキギターを手にしてからリフやソロを
学ぶことが大事なことが分かったの
ヘンドリックスやクラプトン そしてもっとモダンで有名な
ギタリストたちにも夢中になったんだけど
結局その多くのリフはブルース由来だと気づいて
だから逆にさかのぼって勉強したのよ
既存の曲を作り替え 別の歌詞をつけたりするのが
ブルースの伝統の中での曲を作る ということだった
そうした曲作りについての考え方は
他の様々な民族音楽と同様に時が経つにつれ
近代的な音楽ビジネスの著作権という考え方と衝突し
大きな改変を迫られる
アドバイスはプレイステーションを捨てて楽器を手にしろってこと
僕もプレイステーション・ジャンキーのようなものだけど
10代の頃にこういうのを持ってたら到底できなかったよ
プレイステーションで遊ぶ時間を楽器に費やせば
1年以内にバンドで演奏できるようになるよ
1920年代から30年代にかけてブルースマンたちによって始まったこと
一人の人間が自分のストーリーを世界に伝えること
というのは歴史上初めてのことだった
それまでは、チューバを持ったドイツのポルカバンドか
ジャズオーケストラに所属していなければならなかったんだ
DCMに買い物にきた
んと 何を買いにきたんだっけ?
判らん・・頭がバカになってしまった
チェーンでも買うか・・
Chain, chain, chain Chain of fools
でも使う予定はない・・不要・・
Androidの12インチ中華タブレットをギターのコード譜表示にしている
BANDユニット毎にページを分けて曲ごとのアイコンタップで
PDFファイルを開いている
「Nova Launcher」でカスタマイズしてめっちゃ便利だった・・・
「Nova Launcher」の創設者が、Branch社から離れて、事実上の終了とな!
「創設者が「Nova Launcher」から離れた場合は、
オープンソース化すること」のはずが、
当時のCEOはすでにいなくなっており、現CEOへ条件が引き継がれていない
という理由で、オープンソース化されない!!!
うむむむむむ・・・
入れたアプリが200個を超えたあたりでなんかめんどくなった
ファクトリーリセットして全消しするか・・・
買い替えるか・・・
FeliCaも使うのをやめたしー Downgradeしよー
androidだしスナドラの8sジェネ4あたりで十分じゃー
買い替えたー
アプリはBackupから選んで134個ほど復元した
今んとこ快適だけんど2,3個起動が遅くなったものもある・
うむむむ・・・
最近のマルチエフェクターにはアンプ・シミュレーター搭載が多いが
物理的なアンプにエレキギターを繋ぐ場合シミュレーターは不要
ギターの信号はアンプのプリアンプ回路で増幅され
次にパワーアンプ回路でさらに増幅されてスピーカーから音が出る
アンプ自体が音作りを担うためシミュレーターを間に挟むと
シミュレーターが作り出した音がアンプの音と混ざってしまい
意図しないサウンドになることがある
私がグラハム・ボンドについて覚えているのは
彼が部屋の片側でプロモーターからお金をもらって
バンドのところにやって来て
私たちが金を受け取ろうと手を差し出しているのに
彼は「もうない、なくしたんだ」なんて言うんだ(笑)
でも 彼は素晴らしい人だった
(ブラインド・レモンからギターを教わった?)
うん 少しばかり とにかく俺はレモンに夢中だった
うちの家族の者みんなが夢中だったよ
いつも日曜日にはレモンはうちに来てギターを弾いて
みんなで歌ったり 一杯やったりしたもんだ
ジミとよくアコースティックを持ち出して
ブルースのリックを教えあったりしたよ
彼は自分の声が好きじゃないんだっていつも言っててね
私はこう言ってやったんだ
”心配するな 君のギタープレイが
それを解決してくれる” ってね
ある晩カリフォルニアで仕事外のセッションで
本物のギター演奏をするプレイヤーを聞いて心を入れかえた
バーニー・ケッセルだった
自分が恥ずかしかったね
ぼくは これを機にして
新規まき直しで勉強をはじめたよ
ブルースを歌うことは気になってたよ
美術学校ではみんなと同じように普通に
スリーピー・ジョン・エステスとかを聴いていたんだ
でもそれを実際歌うというのはまた別のことでね
僕はちょっとそれに自意識過剰になっていたんだ
スキッフルの後でロックンロールが登場すると
僕らはエルヴィス,ジーンヴィンセント,ファッツドミノ,
それにリトルリチャードやジェリーリールイスを聞いた
いよいよマジになってきたわけだ
何ていうか、うん、僕らにもわかるぞって感じだった
ただ音楽を作りそれをみんなが気に入ってくれればそれでいいんだ
結局のところ誰かがその曲を気に入って一緒に歌っているとき
彼らは立ち止まってその曲がどんなカテゴリーに
属しているかなんて考えないと思う
ただ歌って楽しんでいるだけなんだ
シンガーを聞くことは成長に繋がると思うね
僕はこれまでいろんなブルースシンガーを聴いていた
それがとても役に立っている
ブルースギターって歌によく似てる
リックを沢山プレイするわけじゃないし
ギターは声なんだよね
ブルースは歌うようにプレイすることが大切なんだ
[リック(Lick):曲中のワンフレーズやソロや伴奏の一部として使う短いフレーズ]
私は物心ついて以来ずっと畑で人が大声で歌う歌を聞いてきた
父もよく大きなしわがれ声でブルースを歌っていた
ママの姉妹の旦那さんにジャックベネットと言う人がいたのだが
このジャックおじさんの歌は
何マイルも離れたところからよく聞こえたものだ
ブラインド・レモンはギターのネックに
針金で錫のカップを付けていた
いくらかコインをやるとね ありがとうなんて言うんだ
でも 1セント硬貨は受け取らない
カップに1セント落とすと音でわかるんだ
とって投げ捨てちまう
私は相変わらずジミー・リードに夢中で
常にシーブリーズで聴くアルバムを2,3枚持っていた
私にとっては記憶に残る天才 偉大なミュージシャンだった
おそらくあまりに完成度が高かったせいで
生存中は筋金入りのブルースファンにも
正当に評価されなかった