今日は検査の日なので仕事は休んだ
午前中は内科とかで心電図やら血液検査やら尿検査
いずれは心臓弁膜症の弁の修復や置換を行う手術が必要
長期の休暇が取れない現状では退職後になりそう
午後は整形外科で変形性膝関節症のヒアルロン酸注射を両膝に打つ
今日は検査の日なので仕事は休んだ
午前中は内科とかで心電図やら血液検査やら尿検査
いずれは心臓弁膜症の弁の修復や置換を行う手術が必要
長期の休暇が取れない現状では退職後になりそう
午後は整形外科で変形性膝関節症のヒアルロン酸注射を両膝に打つ
本当にヒューバートに会いたくて仕方がなかった
というのはギターを始めた頃聴いた
「Going Down Slow」で彼は凄いプレイをしていて
私はそれに熱狂していたからなんだ
全く奇妙キテレツ極まりないプレイだったね
本当に驚くべきプレイヤーだ
"恋に落ちるなんて簡単なこと"と唄う
Opening Number「It's so Easy」
2曲目の「Take It Easy」は
今週 米国内のストリーミングプラットフォーム上で
最も成功しているロック曲を対象とする
Rock Streaming Songsチャートに復帰し第25位を獲得
3曲目「Desperado」ならず者
"正気に戻ったらどう?"
(努力します・・・ by Shiba)
"あなたは明日も私を愛してくれますか?"
4曲目「Will you still love me tomorrow」
(そんな先のことは分からない・・・ by Shiba)
Picket lines (ピケ)は平和的な説得に加えて
スクラムを組んで示威行為を行ったりしますね
抗議する人々、抗議の言葉
暴力で、僕を苦しめないで
話してくれ、そうしたらわかるさ
何が起きているのか
唐突に終わった5曲目の「What's Going On」の
リズミカルなシンコペーションを鎮めるのは
私は解放されるべきと歌う最後の曲
「I shall be released」
DDTも日々のしがらみから解放されて
気張らないで微笑みながら
OutroのAの響きで優しい気持ちをメンバーで共有します
悪魔に魂を売ってしまえばその人間は無と化す
霊も魂も消え去ってしまう
クリスチャンは今もなお永遠の魂を失うことを最も恐れていて
しばしば肉体の死よりも恐れている
ブルースマンの放浪の旅には
こうした恐怖が常に付き纏っていました
比較的ソフィスティケイトされ
白人の影響を受けているそういった点に
イースタンブルースがカントリーブルースとしては
普通より少しばかり社会的に苦痛が
少ないものであるということが示されている
イースタンのブルースマンは
共同体から自分を切り離す必要をそれほど感じていない
スキッフルの後でロックンロールが登場すると
僕らはエルヴィス, ジーンヴィンセント, ファッツドミノ,
それにリトルリチャードやジェリーリールイスを聞いた
いよいよマジになってきたわけだ
何ていうか・・うん、僕らにもわかるぞって感じだった
祖母の家の向かいにボロボロのギターを
持っている人が住んでて
その人に3コードのブルースを教えてもらった時に
「これだ!」って思ったよ
それで自分のギターが欲しくなり
新聞配達をやったんだけど
それがミュージシャン以外でやった唯一の仕事さ
長い間 カントリー・ブルースや2人だけのバンド
あるいは非常にストレートなブルース・バンドを
やりたいと思っていたんだけど
初めてフリートウッド・マックを聴いたとき
彼らはまさに僕がやりたいと思ってた
ストレートなブルース・バンドだったんだ
アルバート・キングから大きな影響を受けてるんだ
最初はスティーヴィー・レイ・ヴォーンを通して間接的に
後には彼自身のレコードを通して直接ね
アルバートからの影響は僕の演奏のいろんな部分にあるよ
「Continuum」の「I Don't Trust Myself」のギター・ソロとかね
最も難しいのは現代的なブルーズを書くことなんだ
ロバート・クレイはそれができる唯一の人間だ
自然に彼の中からブルースが生まれるんだ
ごく最近にも彼と会ったけど、彼は今も同じようにやっている
彼は真摯で本物だ
僕もああなりたいと思う
20世紀初頭に黒人音楽 ジャズとかゴスペルとかもですね形を整えていく
そういったものが同時期に形になっていくっていうのは
やはり奴隷解放から40年くらい経って
「街」で暮らす新しい黒人のライフスタイルが
定着したからだっていうことがあると思います
ブラインド・ブレイクはスリーフィンガー奏者だったんじゃないか
しかもピックをもっていたはずでは とさえ密かに思う
だって打楽器のように威勢のいい音を出していたし
弦の鳴らし方も指弾き奏者のようじゃない
ギターを手に入れたらコードを2つ覚えるぐらいでいい
やるのはブルースだったから
それと誰かがリズムを取る洗濯板を調達しなきゃ
おもしろかったよ
だって母親や年寄りのおばさんに「洗濯板持ってない?」と
訊いて回ったりしてたんだ
演奏より好きなのはトラックの運転さ
61年にはケンウッドを運転して41都市を回ったよ
運転して夜には演奏する
200マイル離れた町まで行き朝に出発して夕方には帰ってくるんだ
釣りも好きだしチョッパーで走り回るのも好きだよ
家には69年式のBSA650があるんだ
彼らは皆開口一番に「何か新しいアイディアはありますか?」と聞くんだ
それで私は自分に「新しいものである必要なんかない
古いものでも売れるのさ もしやらせてくれるんならね」
と言い聞かせる
ブルースって他のジャンル付けされる音楽に比べると
その守備範囲というか振り幅がすごく広いんですよね
カントリーだったら このタイプのビートとかあるんだけど
ブルースやロックンんロールって
あまりに多くのグルーヴがあるから
この振り幅が広いというのが自由ってことなんだと思う
Otis ReddingやB.B. Kingとか強力なメンツのライヴだったよ
Otisのステージが終わって俺も兄貴も魂が抜けてしまった感じだった
それがキッカケで兄貴はギターにのめり込んでったし
俺も音楽の事しか考えられなくなった
彼と彼のギターはまるで一体になっているかのようで
どこからが声で どこからがギターなのか聞きわけられないぐらいだった
ブラインド・レモンは強く 心に響く
私の故郷にいちばん近い存在だった
親父がジャズやブルースのレコードをたくさん集めていたから
ガキの頃からブルースをたくさん聴いてたんだ
13歳でギターとピアノを弾きはじめて
いつの間にかのめり込んでいって
気がついたらミュージシャンになっていたよ
長い間ずっと怖かったのは
自分のメンタルヘルスのことを正直に話せば
人に真剣に受け取ってもらえなかったり 弱いと思われたり
何かに利用されたりするんじゃないか ってことだった
でもそれは思い込みだった
感情を押し殺してたことで傷ついてたのは自分自身だったんだ